本日の総幹部会も御本尊様の功徳の歓喜と広宣流布の大情熱が滾り、大感動を禁じ得ません。
一生成仏と広宣流布だけを見つめて立つ、この純粋・熱烈な信心の空気は決して世間にはなく、顕正会のみに漲るものであります。
これ顕正会が濁世に咲く白蓮華、大聖人様に召し出された地涌の菩薩の大集団なるがゆえであります。
広布決戦場第七年もここに中盤を迎えましたが、この法戦を以て一気に二八〇万に近づける大前進をなしていきたい。
六・七月法戦における全顕正会の折伏誓願は、二万七千五〇〇名といたします。
各部の誓願は、男子部一万二千五〇〇名、女子部一万名、婦人部五千名であります。これを大突破していきたい。
この中盤で三万を超す弘通がなされれば、二八〇万までの残りは二万を切る。
そして最終法戦で二八〇万を大きく突破できれば、三百万までの残りは十万台、いよいよ目睫の間となります。
ことに私は、本年十月十六日の浅井先生のご命日までに、この二八〇万を何としても成し遂げたいと心に期しております。
本年の先生のご命日には、「浅井昭衞先生追善法要」を全班長とともに奉修させて頂きます。
これは来年以降、七回忌や十三回忌等の年忌法要を行わない年も同様に奉修し、全員で先生のご願業成就への決意を新たにしていきたい。
さあ、何としても追善法要までに二八〇万の死身弘法をなし、全顕正会の涙の出るようなその赤誠を以て、先生へのご報恩に擬してまいろうではありませんか。
そして本年の中盤を戦うにあたり、先般の立宗御報恩勤行会で拝聴した先生のご講演を強く噛みしめるものであります。
中でも先生は、極寒の佐渡において大聖人様が仰せ出された全人類救済の御心地をお示し下さいました。
「詮ずるところは天もすて給へ、諸難にもあえ、身命を期とせん。乃至
本、願を立つ。日本国の位をゆづらむ、法華経をすてゝ観経等について後生を期せよ、父母の頸を刎ねん念仏申さずば、なんどの種種の大難出来すとも、智者に我が義やぶられずば用いじとなり。其の外の大難風の前の塵なるべし。
我日本の柱とならむ、我日本の眼目とならむ、我日本の大船とならむ等と誓いし願、やぶるべからず」と。
まことに大瀑布のごとき御気魄であります。
ことに、日ごろそばにいることも叶わぬゆえに「父母の孝養心にたらず」と歎き給う孝心厚き大聖人様にとって、「父母の頸を刎ねん念仏申さずば」との大難は考えるだに恐ろしいところ、しかるに敢えて「智者に我が義やぶられずば用いじとなり」と仰せ給う大理性・鉄石の御決意がいかに容易ならざるものであられるか。
この御文を拝された日寛上人が幾たびも涙を滴らせたように、お声を詰まらせ紅涙を流される先生のお姿を通して、愚鈍の私たちが御本仏の無限の大慈大悲の一分をも拝させて頂けること、有難さの極みであります。
そこに御本仏の鉄石・捨身の御決意を常に身に体しておられた先生のご覚悟は、いかなる脅迫や弾圧も、あるいはいかなる誘惑も「風の前の塵」でしかなかったものと拝察いたします。
たとえば昭和四十七年九月、正本堂落成式直前の学会首脳との七回にもおよぶ激しい法論の末、ついに学会は屈伏、聖教新聞紙上で正本堂の意義を訂正するに至りました。
その後、副会長・秋谷栄之助が先生のもとに正本堂落成式の招待状を持参してきたことを伺ったことがあります。
このとき先生はそのような学会の懐柔策を一蹴され、ただその誠意を見守らんと、地下に潜って死身弘法に専心されたのでした。
そのお心こそ、聊かでも誘惑になびけば、学会が不実のとき徹底して戦えなくなるゆえであります。
かくして、ご覚悟のごとく妙信講(顕正会の前身)が死罪に等しき解散処分を受けるとも、先生は
「大事の御遺命が破壊されんとしているとき、妙信講が安穏であってはいかにも大聖人様に申しわけない」
「御遺命たる国立戒壇の正義を守って死罪に処せられるなら、これに勝る喜びはない」
と、むしろ解散処分こそ大聖人様から賜った何よりの「勲章」と喜ばれ、いよいよ徹底せる諫暁に立たれたのでした。
一念も大聖人様を忘れ奉らず、いかなる大難や誘惑も「風の前の塵」とされた先生の鉄石のご決意・透徹の大忠誠心には熱涙滴るばかりであります。
広布前夜に至り、第六天の魔王その身に入る池田大作により、学会・宗門のことごとくが誑かされて御本仏一期の御遺命に背き奉るという未曽有の大悪が出来したときに、かかる先生が正系門家におられた不思議こそ、まさしく大聖人様の御化導そのものと拝さずにはいられません。
であれば、先生が手塩にかけて築きあげられたこの顕正会の一員たる者、どうして御遺命成就の重大御奉公のお役に立てぬ道理がありましょうか。使命のない者がおりましょうか。
さればこの中盤、全組織が小さな殻を打ち破る、誓願大突破の前進をなしてまいろうではありませんか。
さて話は変わります。
高市首相が改憲へ前のめりになっていることは、すでに何度もふれている通りですが、日本会議の策略が巧妙ゆえに、日本会議国会議員懇談会に所属する議員ですら「日本会議は『神の国』など作ろうとしていない」と述べる者もいる。
ましてや一般の国民においては、およそそのような野望を知る由もない。
しかし日本会議・神社本庁は、水面下で着々と「神の国」を作らんと、さまざまな運動やプロパガンダを展開しております。
本日はその実態を見てみたい。
日本会議・神社本庁がなぜ直截的に“「神の国」を作る”と言わないのかといえば、それは本音を明かして反対を招き頓挫するよりも、本音を隠しつつ既成事実を積み重ね、目的を成し遂げる戦略を取っているからであります。
たとえば、正面突破をなそうとして頓挫した事例として「靖国神社国家護持運動」というものがありました。
敗戦後、GHQは「神道指令」を発して国家神道を廃止し、靖国神社の国家護持を禁じ、神社と国家の完全なる分離を図りました。
これに対し、「日本の魂が壊わされた」との怨念のごとき思いを懐き続けた神社本庁は、GHQによる日本占領統治が終了したころから、再び国家で靖国神社を護持するための運動を開始し、自民党への働きかけを強めました。
かくして自民党は、昭和44年から昭和48年にかけて毎年、靖国神社を国家で管理するための「靖国神社法案」を五回も国会に提出した。
しかしいずれも“政教分離の原則に反する”との理由で廃案となり、同時に野党や市民団体・宗教団体からも猛烈な反発を受けて頓挫しています。
神社本庁や、のちに結成される日本会議が、この失敗を大きな教訓としたことは想像に難くありません。
彼らはこれ以降、正面突破をあきらめ、本音を隠した迂回的な戦略へと舵を切っていくことになるのです。
また平成12年5月、当時首相だった森喜朗が、神社本庁のロビー活動団体「神道政治連盟」の国会議員懇談会結成三十周年記念祝賀会の挨拶で述べた言葉が、大きな問題になったことがありました。
森元首相はこのとき同議連の役員を務めていた。
席上、森元首相はこのように発言した――
「日本の国、まさに天皇を中心としている『神の国』であるぞということを国民のみなさんにしっかりと承知して頂く、その思いで私たちが活動して30年になった」と。
日本という国は天皇を中心とする「神の国」であることを全国民にわからせること、つまり日本を「神の国」にするために神政連の議連は活動してきたと明確に述べているのです。
この議連の母体である「神道政治連盟」とは
「神道の精神を以て、日本国国政の基礎を確立」することを綱領の第一条に明記し
「神道の精神に基づいて憲法改正などさまざまな運動に取り組んでい」くことを理念に掲げている団体です。
ゆえにこの界隈では“日本は天皇を中心とする「神の国」”という会話が日常的になされていたからこそ、森元首相は「神の国」発言をしてしまったと言える。
この発言によって、野党やマスコミなどから強烈な批判が巻き起こり、森内閣は支持率が急落して「『神の国』解散」につながり、最終的に森元首相は退陣に追い込まれる結果になった。
それ以降、日本会議・神社本庁においては、社会的摩擦を最小化するために「日本の伝統」「固有の文化」「国柄」などというオブラートに包んだ婉曲表現を用いるようになるのであります。
古屋圭司が曽て、改憲を進める姿勢について「本音を言わずにスタートしたい」といったスタンスも、このような失敗を踏まえた学習効果とも言える。
こうして日本会議・神社本庁は、本音を隠しながら「神の国」実現に向けて着々と手を打っているのであります。
では、その実例をいくつか挙げます。
本年4月23日、衆院憲法審査会長の古屋圭司が会長を務める超党派の「明治の日を実現するための議員連盟」が国会内で総会を開き、明治天皇の誕生日である11月3日の「文化の日」に「明治の日」を併記する祝日法改正案を今国会に提出し、成立をめざすことが報じられました。恐らく今国会で成立する可能性が相応に高い。
古屋は建前として「日本が近代化を進めた本当に重要な時期。この記念日をつくることは極めて重要だ」と当り障りのないことを強調しているが、本音はそのようなものではない。
この「明治の日」制定運動というのは、実は15年も前から日本会議が推進しているものであります。
日本会議は平成23年に、ジャーナリストの櫻井よしこや日本会議の中枢メンバーである伊藤哲夫・百地章などを役員とした「明治の日推進協議会」というフロント団体を作って運動を開始した。
平成30年には、古屋圭司・高市早苗をはじめとする保守強硬派の国会議員が発起人となり、国会議員の立場でそれを推進する「明治の日を実現するための議員連盟」を発足させた。
日本会議の特徴は、自らの名前を隠してさまざまなフロント団体を作り、市民運動の体裁を取ることで広く一般の支持を得ようとするところにある。
改憲推進団体の「美しい日本の憲法をつくる国民の会」もその一つです。
これ、あたかも日の当らない湿ったところでヒッソリと菌糸を伸ばす「隠花植物」によく似ております。
では、なぜ日本会議が「明治の日」を制定しようとしているのかといえば、それは単なる祝日の名称変更という次元の話ではありません。
その目的こそ、まさしく「日本国憲法からの脱却」であり、明治憲法下における「現人神である天皇中心の国体」「国家神道」体制への回帰に他ならない。
すなわち戦前の国家神道体制における祝祭日は、皇室と国家神道を国民に強く意識させるためのものでした。
「四大節」と呼ばれる最も重要視された特別な祭日を挙げれば――
元旦の「四方拝」は、天皇が元旦に国家の安泰と豊作を祈る儀式。
2月11日の「紀元節」は、古事記・日本書紀に基づく初代・神武天皇の即位日。
4月29日の「天長節」は、昭和天皇の誕生日。
そして11月3日の「明治節」は、明治天皇の誕生日です。
しかし戦後GHQは、「国家神道」を解体するために発した「神道指令」の方針に基づき、日本政府に「国民の祝日に関する法律」を制定させ、神話や皇室祭祀に由来する祝祭日を廃止もしくは改称させたのです。
たとえば神武天皇の即位日である「紀元節」を廃止した。
また11月23日の新嘗祭は「勤労感謝の日」とした。
明治天皇の誕生日の「明治節」も、日本国憲法の公布日(11月3日)と重なることから、「平和と文化を基調とする憲法」を記念する意味を込めて「文化の日」に名称を変更した。
このようなGHQによる国家神道解体に、強い抵抗感を懐いた神社本庁や「生長の家」などの団体は、GHQが廃止した「紀元節」を後年に「建国記念の日」として復活させている。
その流れを受けた日本会議は、11月3日の「文化の日」に「明治の日」を併記させることで、彼らが敵視する日本国憲法の公布の意義を薄めるとともに、国家神道に基づく「明治節」を事実上復活させようとしているのです。
実際、彼らの機関紙「明治の日を実現しよう!関連情報」には「明治の日」の制定をめざす理由について、現行の祝日法を
“国家神道の色彩が強い皇室行事に基づく祝祭日の改廃を求めるGHQの勧告を受けて成立した不本意な法律”として
“それを改正して「文化の日」を本来の由緒(国家神道)に基づく「明治の日」へと改める必要がある”と述べております。
さらに「明治の日推進協議会」の参与で元衆議院議員の西村眞悟は「明治天皇百年祭・関西」という集会で
「われわれは戦後体制から脱却し、敗戦国体制から脱却し、被占領国体制から脱却し、日本国憲法体制から脱却して、明治の御代に戻らねばならない」
などと露骨なまでに本音を叫んでおります。
このように「明治の日」制定というのは、日本会議による国家神道的国体への復権運動の一環なのであります。
次に、日本政府および自治体の観光施策によって、「神の国」の思潮を醸成させんとする動きもある。
観光庁は数年前から、訪日外国人の訪問先を分散するための施策として
「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり」と称して、14のモデル観光地を選定しています。
観光庁はその中で、三重県の伊勢志摩エリアを
「日本神道の聖地・伊勢神宮を核とする参拝文化」と定義し
また鳥取・島根エリアを
「日本の紀元・神話の國」と紹介している。
伊勢志摩においては、戦前の国家神道体制における国家祭祀の頂点であった伊勢神宮を「核」すなわち最も神聖な中心地と位置づけ、「参拝文化」などと信仰の奨励ともとれる表現を用いているのです。
これは戦前の国家神道を想起させるもので、単に有名な観光地の紹介文ではない。
また鳥取・島根の「日本の紀元」とは「紀元節」すなわち初代・神武天皇の即位を、「神話の國」とは古事記・日本書紀の舞台を表わしており、これも国家神道・現人神につなげる意図にほかならない。
その他の地域の説明文にも「数千年前の日本の文化」「山岳信仰に由来する固有の精神文化」「富士山信仰」「古来からの巡礼」「火山と共にある信仰」「武家の精神性」などの言葉が並んでいる。
観光目的なら「神道の聖地」「神話の國」などという宗教的・神話的な名称は必要なく、単に「自然豊かな伊勢」とか「歴史ある出雲」などという表現で観光PRとしては充分機能します。
しかも仏教に関わる観光地はほとんどなく、代わりに「神道」「神話」「日本の紀元」といった神道につながる語彙だけが突出している。
中立性を重んじるべき行政文書には馴染まない極めて異例なものであります。
さらに看過できないのは、観光庁が選定した施策推進組織が策定した公式のマスタープラン(基本計画)において、伊勢志摩については伊勢神宮を「日本固有の心の拠り所」「『信仰』の中核」と明記し
鳥取・島根については「神話によって創られた地」と定義したうえで、出雲大社・大神山神社・美保神社での「祈祷体験」や神道固有の「礼拝作法の実践」を観光プログラムとして組み込んでいることです。
これは、政教分離の原則に抵触する疑いすらある。
この事業が開始された令和4年は岸田政権のときでしたが、岸田内閣の閣僚20人のうち17人が神道政治連盟国会議員懇談会に、14人が日本会議国会議員懇談会に所属していました。
閣僚の大部分がその思想を共有する政権において、行政の意思決定に神社本庁や日本会議の求めるイデオロギーが入り込む土壌があったと見るのが自然であります。
実際、神社本庁が観光行政を利用しようとしていたことを示す具体的な事例があります。
平成29年7月に東京ビッグサイトで開催された「インバウンド・ジャパン2017」というシンポジウムの席で、伊勢市役所の担当者が
「市町村などの自治体は政教分離の原則を過度に恐れず、観光客の目線で必要なことは何かを考えて取り組むべき」と語り、それに呼応して神社本庁教化広報部の担当者も
「政教連携(政治や行政が特定宗教団体と組織的に協力すること)が必要だ」と強調しているのです。
注目すべきは、この担当者が、神社本庁が海外で神道のことを説明する際、「religion(宗教)」とは言わずに、「japanese faith(日本人の祈り・信仰)」と表現していることを明かしていることです。
この手法は、明治政府が国家神道を
「宗教ではなく、日本古来からの伝統に基づく国民道徳」と規定した「神社非宗教論」に通底している。
つまり、宗教と言わずに広めることで、政教分離の制約を回避しながら、観光行政に神道を組み込もうとしているのです。
これはまさに明治政府が国家神道を国民に浸透させた手法の現代版といえます。
訪日外国人が神社に行けば、自ずとインバウンド収入が増える。
また外国人が神道を日本の文化として世界に発信してくれる。
さらに日本人自身も「外国人があれほど神社に来るのだから神道は日本文化の核心に違いない」という思いを深める。
まさに「一石三鳥」の効果をもたらす。
さらに政府や自治体が神道にお墨付きを与えることで、テレビなどのメディアでも同様のメカニズムが働き、番組などで神社の宮司がその歴史や由来を語るようになる。
こういった番組が頻繁に放送されることで「神社=日本文化の象徴」という思潮が自然と醸成されていき、日本会議・神社本庁が狙う「神の国」への移行を容易にさせるのであります。
まさにこれらは「観光」という一見無害な経済施策を装いながら、その実、国家神道的イデオロギーを静かに浸透させていく「ステルス・プロパガンダ」いわゆる“気づかれないまま価値観を塗り替えていく思潮操作”に他なりません。
ついで、日本会議のプロパガンダ的機能を果していると窺われる書籍があります。
それは本年二月に発刊された「神国日本」という書籍です。
これは少し前のNHKの朝ドラのモデルになった、あの「怪談」などで有名な明治時代の作家・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の著書です。
この書籍広告が全国紙に全5段(紙面の下三分の一)の大きさで頻繁に掲載されております。
この原書は明治37年に発刊され、そのタイトルは「日本解明の一つの試み」でありました。
その後、日本語版が昭和7年、昭和13年、昭和17年と版を重ねて発刊されておりますが、この本は改版されるたびに政治的に利用されてきたのであります。
昭和13年版には出版社による「戦時体制版の宣言」がなされており
昭和17年版に至っては、新たな訳者として加わった田部隆次による「神道」と「靖国神社」をことさらに強調する「解説」が付され、翼賛体制版へと改変されたのです。
小泉八雲がこの著書に描いた日本の姿は、もともと自然界のあらゆるものに魂が宿るとすることへの共感であり、それは「国家」という概念よりも、人々の生活に根ざした「土着的な信仰」でありました。
しかし戦時中には、小泉八雲の本来の意図を超えて、戦争遂行のための精神的支柱として「神国日本」思想の裏付けの一つとして利用されたのであります。
そして令和8年に発刊された最新版の「神国日本」は、昭和17年版を底本(元になる本)とし、「神道」や「靖国神社」を強調する「解説」もほぼそのまま掲載されており、「神国日本」をめざす勢力による世論誘導の色彩が強く出ております。
ことに、この本に巻かれた腰帯には「美しい日本」という言葉が用いられている。
これは、安倍晋三や高市早苗をはじめとする日本会議界隈の輩が好んでくり返し使ってきたスローガンそのものであります。
偶然の一致と考えるには、聊か無理があります。
さらに、この本の序文には“マッカーサーの最側近のフェラーズが「神国日本」をマッカーサーに手渡したことで、天皇が訴追を免れ、天皇制が護持された”というエピソードが紹介されております。
このエピソードは史実との齟齬が指摘されるものでありますが、それ以上に「この本が天皇制を守った」という物語を冒頭に記すことで、読者に
「神国日本という思想こそが日本の国体を護持する力を持つ」という印象を強烈に植え付ける効果を持たせている。
これはまさしく古典的なプロパガンダの手法であります。
何より刮目すべきは、令和元年7月に、櫻井よしこが代表を務める日本会議の外郭団体「国家基本問題研究所」において、小泉八雲等の思想や文学を研究している大学教授を招いて対談が行われていたことです。
対談においてこの大学教授は、多くの西洋人が神道に否定的で価値を見い出さなかったことに対し、小泉八雲は「神国日本」の書籍の中に「日本文化の根幹をなすのは神道」などと記していたことを紹介しているのです。
すなわち日本会議の中枢は少なくとも今から7年前に、この「神国日本」に着目していたのです。
日本会議界隈がこの最新版の出版に関与した直接的な証拠はなくとも
国家基本問題研究所における小泉八雲研究の第一人者との対談、腰帯の「美しい日本」というスローガン、「天皇制護持」という序文のエピソード、そして全国紙にくり返し掲載される「神国日本」という四文字が無意識のうちに刷り込まれていくという広告効果――これらの状況証拠をまとめて見れば、その蓋然性は極めて高いと見るべきです。
意図されたものであれ、結果としてそうなったものであれ、この書籍が「神国日本」の空気を醸成するためのステルス・プロパガンダの機能を果していることは疑う余地もありません。
そしてその恩恵を最も受けるのが日本会議であることも、また疑う余地がないのであります。
以上、これまで述べたように、「明治の日」制定、神道をアピールする観光施策、書籍「神国日本」改訂版発刊とその新聞広告は、一見バラバラの事象に見えて、その根底には一本でつながる策略があります。
それこそが、天皇を現人神とする国家神道への回帰に他ならない。
そしていま日本会議中枢メンバー・伊藤哲夫が「神の啓示」を受けたごとくに喜び、日本を救う「最後のエース」と評した高市首相が登板した。
高市首相は「日本列島を、強く豊かに。」とのスローガンのもと、インフレ・円安昂進などお構いなく積極財政で国内経済をふかし、ことに軍需産業を後押しして、大軍拡を進め、国民監視にもつながる「国家情報局」の設置をめざし、そして日本会議・神社本庁の積年の悲願であった、日本を「神の国」にせんとする邪な改憲を強力に推進しております。
これらは明治憲法下における「現人神」「国家神道」体制と、経済発展と強力な軍隊構築を目的とした「富国強兵」に準えていると見る以外に説明のしようがない。
現在、世間の改憲論議は「緊急事態条項」や「合区解消」といった条目の是非に終始していますが、その奥底にある伊藤哲夫らが中枢を担う日本会議の真の野望は、GHQによって作られた日本国憲法を骨抜きにし、日本を再び「神の国」へと作り変えることです。
しかもその過程においては、国民が気づかぬうちに「国家神道」的価値観を社会に浸透させていく巧妙な戦略を以てなされている。
自民党大会で高市首相が
「古事記・日本書紀の神話伝承を源泉とする神道的文化伝統」を憲法前文に刻むことを、日本会議界隈の輩にしかわからぬように巧みに述べた、あの「犬笛」の意味を改めて思うものであります。
しかし、御本仏日蓮大聖人を無視して、所従である「天照太神」を中心とする「神の国」を作らんとすれば、国は必ず亡ぶ。
建治四年の三沢抄において大聖人様は、親ほど年の離れた高齢の内房尼御前が「氏神参りのついで」として、身延の大聖人様の御許に参詣したときに、会わずに追い返された理由について
「仏は主君、神は所従」
との道理を違えれば
「定めて罪深かるべし」
すなわち重い罪障を作ると仰せられている。
何より聖徳太子の時代に
「ついには神は負け、仏は勝たせ給いて、神国はじめて仏国となりぬ」(曽谷抄)
とて、すでに日本は仏国になっている。
にもかかわらず、国家として御本仏日蓮大聖人を無視して「神の国」を作らんとすれば、その罪はいかばかりか。
「用いずば国必ず亡ぶべし」との仰せのごとく、亡国を迎えること疑いない。
実際、国家神道を本とした明治憲法下の日本は、日清・日露・日中・日米の四つの大戦争に引きずり込まれ、ことに日米戦争においては三百数十万人もの犠牲者を出して、ついに世界で初めて原爆を投下され、敗戦の憂き目を見た。明治維新からわずか77年です。
この大罰の現証をしかと見るべきであります。
日寛上人は日本国はいかなる国かについて
「日本国は本因妙の教主・日蓮大聖人の本国にして、本門の三大秘法広宣流布の根本の妙国なり」(依義判文抄)
と御指南であります。
顕正会は日蓮大聖人の弟子として、浅井先生の弟子として、「神の国」をつくらんとする邪な野望を断じて許さない。
事実、日本を取り巻く昨今の客観情勢を見れば、亡国のテンポはまことに速い。
この5月は、14日・15日にトランプ大統領が国賓として中国の北京を訪問し、そのわずか5日後の20日にはロシアのプーチン大統領が同じく北京を訪れ、いずれも習近平国家主席と首脳会談を行いました。
この連続して行われた二つの首脳会談は、今後の東アジアの情勢を占ううえで歴史的な意味を持つものと言っても過言ではありません。
米中首脳会談に関しては、台頭する中国と衰退するアメリカを象徴するような会談でした。
本年2月、アメリカがイスラエルとともにイランへの軍事攻撃を行なったことで、かえってトランプ政権は大きな打撃を受けたと言える。
米軍は中東に莫大な戦力を投入したことで、東アジアなどの他の地域の防衛態勢が手薄となり、ミサイルも大量に消費し、兵站能力が著しく疲弊してしまった。
そして、約290億ドル(約4兆6000億円)にも及ぶ戦費がアメリカの財政を圧迫したうえに、トランプ大統領の支持率は過去最低の30%台に急落し、今年11月の中間選挙を前に政権は追いつめられてきている。
このような状況で、もし台湾海峡で有事が発生したらどうなるか。
アメリカは、イラン戦争と台湾有事の二正面作戦に対応することはとうていできない。
そうした現実を冷徹に見抜いた習主席は、訪問初日の非公開協議において、アメリカの台湾への武器売却計画に対し強く警告し、厳しく指摘したと伝えられている。
習主席はこう迫った。
「台湾問題は米中関係において最も重要な問題だ。適切に処理すれば両国関係は安定を保てる。
しかし適切に処理できなければ、両国は衝突し、米中関係全体を極めて危険な状況へ追い込むことになる」と。
トランプ大統領は充分に反論できなかったという。
中国はアメリカの弱みを巧みに突いて、台湾問題に手出しさせないよう強力な箍を嵌めたと言えるでしょう。
天壇公園を習主席と訪問中、記者団から台湾問題について問われたトランプ大統領は、「中国は美しい」と的外れな言葉を発し、再度問われると黙り込んで、その場を去ってしまった。
いつもの饒舌さは影を潜め、やや萎縮したような表情のトランプ大統領に対し、習主席は終始余裕のある態度を貫いていたのが対照的でした。
トランプ大統領は帰国後、FOXニュースのインタビューでこう述べている。
「台湾への140億ドル(約2・2兆円)規模の武器売却についてはまだ承認していない」と。そして
「9500マイルも旅して戦争をするつもりはない」
とも語り、さらに
「私は誰か(台湾)が独立することを望んでいるわけではない」と付け加えました。
これは何を意味するのか。
従前のアメリカの台湾政策の根幹は「戦略的曖昧性」でした。
しかし今回の発言は、「台湾政策は変わっていない」と言いつつも、その曖昧性を一歩踏み込んで崩してしまったと言えます。
距離の遠さを強調し、直接介入を明確に忌避する姿勢を示したのです。
中国側はこれを
「アメリカは台湾のために中国と全面戦争する覚悟はない」
という明確なメッセージとして受け取ったに違いありません。
一方、トランプ大統領が帰国してわずか5日後、今度はプーチン大統領が北京を訪問しました。
ことに中露首脳会談において、アメリカの覇権主義によって、世界は「弱肉強食」の法則へと後退する危機に直面しているとして、対抗姿勢を鮮明にした。
さらに日本に対しても
「急速な再軍備路線は地域の平和と安定に深刻な脅威をもたらす」
と強く警告した。
中露はここに「反米」「反日」の姿勢を世界に向けて宣言し、揺るぎない結束を示してみせたのです。
何より、この二つの首脳会談は、日本にとって極めて重い意味を持つと言える。
一見すると、「建設的な戦略安定関係」に合意したことで、米中が可能な分野で連携し、決定的な衝突を避ける枠組みを共有したかに見えますが、むしろそのことによって、日本は米軍が動けない隙を突いた攻撃に晒されやすくなりました。
そして第一列島線の防衛に関する一次的責任を重く担わされ、「アメリカの方針に従っていれば、いざという時は米軍が守ってくれる」という安易な対米依存の時代が、事実上終わりを告げたのであります。
トランプ大統領の
「9500マイルも旅して戦争をするつもりはない」との発言は、台湾だけでなく、日本にも等しく当てはまるものであります。
しかるに、高市首相は5月15日、エアフォースワンで帰途につくトランプ大統領から電話報告を受けたと、記者会見を開いて嬉しそうに記者の質問に答えていたが、おめでたいとしか言いようがない。
しかも5月24日になって、さらに衝撃的な事実が明らかになりました。
フィナンシャル・タイムズによると、米中首脳会談の場において、習近平国家主席がトランプ大統領に向かって、高市首相を名指しして
「新型軍国主義の復活だ」と声を荒らげて激しい口調で批判したという。
さらに台湾の頼清徳総統と高市首相を同列に扱い
「この二人が地域の脅威になっている」と主張し、出席していた米当局者たちを驚愕させたと言われている。
アメリカとの首脳会談の場で、中国の最高指導者が日本の首相を名指しして公然と批判するなど、極めて異例であります。
それほどまでに、習主席は日本に対し強い敵愾心を懐いているのであります。
中国が日本を事実上「敵国」と見なした今、大中華帝国を目論む中国の台頭を前に、頼りとするアメリカは日本を守らない、いや守れなくなるに違いない。
まさに
「自惟孤露・無復恃怙」(自ら惟るに孤露にして復恃怙無し)――
すなわち孤立して頼りとするものがない状態に陥るのであります。
このような孤立無援になった日本はどういう事態に陥るのか。
もしアメリカという巨大な盾が機能しなくなれば、東アジアの軍事バランスは完全に崩壊する。
中国によって台湾への海上封鎖ならびに軍事侵攻が行われれば、沖縄の先島諸島や尖閣諸島も同時侵攻そして占領されるものと思われる。
この中国の動きと呼応する形で、ロシアがオホーツク海周辺での軍事活動を活発化させ、また北朝鮮が弾道ミサイルで日本への軍事挑発や攻撃を行なってきたら、日本は三正面作戦を強いられる。
さらにシーレーン封鎖によって、食糧自給率38%・エネルギーの海外依存度90%以上という日本の最大の急所を突かれれば、かつて味わったことのない深刻な事態に直面することになる。
そして、ついには中国による他国侵逼を受けるのであります。
たとえ高市政権が大軍拡に走ったとしても、国に福運がなければすべてが裏目に出る。
四条抄に
「夫れ運きはまりぬれば兵法もいらず、果報つきぬれば所従もしたがはず」と。
この大国難は、日本一同の仏法違背と正系門家の師敵対による
「仏法より事起こる」の大罰であれば、これを遁れる術は、日本一同が御本仏日蓮大聖人に帰依して、国立戒壇を建立して諸天の守護を得る以外にはない。
四十九院申状には
「第三の秘法 今に残す所なり。是れ偏に、末法闘諍の始め他国来難の刻み、一閻浮提の中の大合戦起こらんの時、国主此の法を用いて兵乱に勝つべきの秘術なり」と。
「第三の秘法」とは、法華経の迹門・本門が「第一・第二」。そして文底深秘の大法を「第三の秘法」という。その体は「本門戒壇の大御本尊」であられる。
戒壇の大御本尊様は、実に他国来難のとき、一閻浮提の大闘諍のとき、まさに日本が亡びるそのときに、日本をお救い下さるために留め置かれたのである――と仰せになっておられる。
「国主此の法を用いて」とは国立戒壇を建立すること。
一期弘法付嘱書の
「国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」と同義であります。
なぜ国立戒壇建立が「兵乱に勝つべきの秘術」であるのか――それこそ宇宙的スケールの力用を有する諸天がこの国を厳然と守護するゆえであります。
あの竜の口において国家権力もひれ伏した大現証を拝すれば誰人にもわかる。
また立正安国論における他国侵逼の御予言的中と、二度の大蒙古襲来を大風を以て撤退せしめた大現証を拝すれば、理屈ぬきである。
いよいよ亡国を迎えるとき、日本をお救い下さるのは諸天に申し付ける絶大威徳まします、日蓮大聖人ただ御一人であられる。
ゆえに
「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」(下種本仏成道御書)
と仰せ給う。
先生は広告文において、誰人も否定できない三つの現証を以て、日蓮大聖人の絶大威徳と大恩徳を顕わして広宣流布のために留め置いて下さった。
この重大事を叫ぶことができるのは、日本国の中で顕正会しかない。
極限の師敵対の学会・宗門には、すでにその資格も力もない。
そこに、顕正会の前進が遅れては断じてならないのであります。
さあ、迎える中盤六・七月法戦、全組織が誓願を大きく突破する大前進をなし、霊山よりお見守り下さる浅井先生に全員でお応えしてまいろうではありませんか。
以上。(大拍手)